神迎の道を西へ歩く
坂の上から海岸を見ると、空と海が青のグラデーションで繋がっています。
冷たい潮水を潮汲みに
浜辺には可愛らしい花が咲き、足元を飾っていました。
この稲佐の浜から園の長浜までの砂浜は神話"国引き"にもでてきます。
新羅から八束水臣津野命(やつかみづおみつぬのみこと)が島々を綱に結び「国来国来」(くにこ くにこ)といい引っ張りました。
その括った綱が砂浜になりました。
括り付けた杭が、「三瓶山」
ちなみに東側は、 綱は鳥取県の「弓ヶ浜」そして杭は「大山」です。
「国譲り」の舞台でもあるんですよ。
葦原中国(あしはらのなかつくに)として国をまとめ治めていた大国主大神に、天照大神が「この国を治めるのは我が子孫だ」と数々の神を送り交渉した場所でもあります。この一節がとても面白いので現代語訳の古事記・日本書紀をお読み下さい。次の機会に簡単にご説明しましょう。
この交渉の場の屏風も岩となって残っています。
そして、旧暦十月十日夜には神々が集まる場となります。
(新暦10月10日とお間違えになられません様に。)
因佐神社
ここには、「国譲り」の交渉にあたった天照大神の遣いである「建御雷之男神」(たけみかづちのかみ)が祭られています。
大国主の大神側の交渉人は「建御名方神」(たけみなかたのかみ)
諏訪湖まで逃げられたそうで・・・諏訪大社に祭られています。
この交渉?戦い?が相撲の起源とされています。
という事でこの神社は地元では勝負の時にお参りに行くとよいとされ。受験や商談、聞いた話によると昔は賭け事の時などもお参りしたそうです。作法あって、鳥居をくぐり抜け境内に入って参拝し、また鳥居から出るまでの間は、一言も喋ってはいけないそうです。なので、他のお参り方とすれ違う時も会釈だけだそうです。
神様の会議場は上の宮(仮の宮)と呼ばれています。
こちらはその隣にある「下の宮」天照大神が祭られています。
途中 出雲阿国が晩年を過した連歌庵にも立ち寄ります。
出雲阿国の墓所もすぐ近くです。
そうそう神迎の道から路地を入って直ぐの所に、出雲阿国が生まれられた家もあります。
ふらりと「社家」の家々の間を歩きます。
一行は出雲大社に手を合わせ帰路へ。
